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名古屋高等裁判所 昭和24年(控)892号 判決

被告人

許元珍

主文

原判決を破棄する。

本件を津地方裁判所に差戻す。

理由

前略

依つて記録に基き審按するに

原審第一回公判調書に依れば証拠調の冐頭に於て「檢察官は証拠により証明すべき事実を明にした後左記書面の取調を請求した」と記載されてあるに止まり其内容については何等の記載をも発見することは出來ない故にこの記載から看るときは檢察官が如何なる証拠により如何なる事実を立証せんとしたか一切不明であつて換言すれば檢察官の冐頭陳述が無かつたことに帰着せざるを得ない。

翻つて刑事訴訟法第二百九十六條の法意を看るに檢察官の冐頭陳述なるものは單なる起訴状の敷衍又は訴訟関係の説明の類ではなく、実に証拠調の基礎を爲すものであるから之を欠くときは爾後に於ける証拠調は之を進行することが出來なくなると同時に之が不完全な場合に於ては或は証明すべき事実の一部が欠如することゝなり延ひては起訴状記載の事実が証明せられないことゝなる等その影響するところ極めて重大であるばかりではなく、右は單に裁判所の利便の爲にのみ設けられた制立では無く他面被告人弁護人の爲にも設けられたものであるから冐頭陳述に於て述べる事実は單に起訴状記載の事実と謂ふような抽象的表現ではなく須く訴因たる事実を具体的に分析し、其各個の事実に就き之を如何なる証拠により証明せんとするやを明確ならしめ且之を公判調書に掲記せなければならないものである。(刑事裁判資料第十八号参照)

然るに原審は想ひを茲に致さず冐頭陳述を極めて軽く取扱ひ結局之を虚無に帰せしめながら爾後の証拠調を進行したことは判決に影響を及ぼすべき法律の適用を誤つたものである。

また前記公判調書の記載を看るに檢察官は其請求に係る各証拠により証明せんとする事実を表示して居ない。これを刑事訴訟規則第百八十九條の規定に照さば明に違法であつて斯る証拠調の請求は原審に於て之を却下するか或は立証趣旨を補填せしめて之を採用するか二者その一を採るを妥当とするであろう。然るに原審は合計十一個の証拠に対し全然立証趣旨を表示せしめずして之を採用取調べたことは尠くとも重大な過失と謂はなければなならい。

即ち以上の点に於て本件控訴はその理由ありと認めるから爾余の点に就き審理判断を俟たず刑事訴訟法第三百九十七号、第三百九十八條に則り主文の通り判決する。

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